ツキノワグマとの衝突

キャーと金切声を発して一目散に駆け戻ってくる女性たち。犯人は黒い物体、特に黒いこんもりとした岩だ。どうしても月の輪熊に見えてしまうのだ。

めったにないことだがたまに熊と出っくわす、今まで3回ほど熊に遭ったが、襲われたのはむろん初めてである。野生の熊と自然の中で接触することはほとんど奇跡に近い。ただ目の前を真っ黒な熊が走り去るのを目撃したことはある。しかし今回は特別だ。実際に遭遇し、にらみ合い、格闘したのだ。ところが熊との接触時間はおそらく10秒ぐらいだったのではないかと思う。怖かったでしょうと言われるが全くそんなことは無かった。怖がる暇がなかったのである。

熊の爪に掛かり出血しても痛さも感じなかった。痛さを感じなかったので他もやられているのではないかと手であちこち触ってみたが他に出血は無かった。    低い唸り声をあげて目の前に迫ってきた小さな熊の目がだんだん大きくなったのを鮮やかに覚えているだけだ。もし熊が時間をかけてじわじわ迫って来たとすればその恐怖感は大変なものだったに違いない。

おかげ様で2週間の軽傷で引き続き元気で山行きに励んでいる次第である。

ところで後で考えてみると、この奇跡とも思われる怪我の軽さはなぜだったのか、最大の理由はストックである。あの時私は珍しくダブルストックで歩いていた。左側からの低いうなり声で振り向いて熊の目と視線があった時、とっさに2本のストックを束ねて、両手で重量挙げのように熊の前に突き出したのだ。直後大きな衝撃を受け後ろにもんどりうって倒れたのだ。起き上った時はすでに熊の姿は無かったのである。出血はかなりあったが、傷は右手の甲とおなかのかすり傷のみだった。ストックが無ければおなかを抉られた可能性が高い。

この熊と私の衝突を目撃した同行の女性2人はその恐怖とショックから黒いものを見ると前述のように熊に見えてしまうようになってしまったのだ。現場は北アルプスの双六小屋の寸前の標高2600m地点である。このような高所に熊が生息していることに驚いた。治療は自分で応急手当を行い、その後双六小屋診療所の先生に丁寧にしていただいた。後日談だが、その先生がめったにないことなので今度はいいことがあるかもしれないとおっしゃったので宝くじを買ったのだが20枚で400円しか当たらなかったのである。

2013(平成25)年8月3日の出来事でした。8月3日は毎年熊の日です。  丹治昌矩

出会った時は|公益財団法人 知床財団